文部科学省が語る。「AI教育」が「リベラルアーツ」になることで変わる学生の未来

2020年度から小学校でプログラミングが必修化される。そのほか、データ分析の基礎となる「情報Ⅰ」が高校教育で必修化されるなど、教育分野からもIT化、AI化が徐々に推し進められている。一方で大学教育はというと、先進諸国と比較して遅れが目立つのが実情だ。

AI人材を育てるための「データサイエンス学部」という統計系の学部がある。日本では2017年に滋賀大学で初めて設立された。一方他国ではどうだろうか。中国では約300校、アメリカでは約130校、イギリスや韓国でも約50校が存在しており、まさに桁が違う状況だった(https://www.cao.go.jp/others/soumu/pitch2m/pdf/20190729_5801siryou.pdf)。そこから数年でデータサイエンス学部は日本でも徐々に増えているものの、まだ両手で数えられるほどだ。

このような中、2019年に「AI戦略2019~人・産業・地域・政府全てにAI~」が策定された。中でも特筆すべきは、数理・データサイエンス・AI教育だ。”未来への基盤作り”として、2025年までには、大学・高専で学ぶ全学生、1学年約50万人を対象にして、数理・データサイエンス・AIのリテラシー教育を実施するという。

どのような教育プログラムなのか、そして、その先に政府はどんな社会を思い描いているのか。そして、学生の環境はどのように変わるのか。文部科学省高等教育局専門教育課企画官の西山崇志氏に話を伺った。

文部科学省高等教育局専門教育課の西山崇志さん

文理を問わず全ての大学・高専生50万人にデータ・ AIリテラシーを!

小林:今日はよろしくお願いします。早速ですが、AI教育実現のための、文部科学省の大まかな動きについて教えてください。

西山:世界ではデータドリブンな社会がすでに到来しつつあり、データやAI技術を使いこなせる人材の育成が急務です。そこで、国を挙げてデータ・AI人材を育成しようということで、2019年6月に「AI戦略2019」という一大プロジェクトが立ち上がりました。なかでも人材の育成=教育改革を最重要課題として掲げています。

小林:どのような育成を実現していくのでしょうか?

西山:大学教育の段階では、主として2つの目標があります。①文理を問わず全ての大学・高専生に対して、リテラシーレベルの数理・データサイエンス・AI教育を実施することと、②約半数の大学・高専生において、各自の専門分野における数理・データサイエンス・AIの応用基礎教育を実施することです。①は約50万人、②は約25万人の学生が対象となる、これまでに類を見ないチャレンジングな試みです。

数理・データサイエンス・AIは、デジタル社会の「読み・書き・そろばん」

小林:50万人が対象となると相当大規模になると思いますが、進捗はどういった状態ですか?

西山:現在、大学・産業界の有識者メンバーからなるコンソーシアムにて、モデルカリキュラム策定の最終段階です。2020年の春以降、各教育機関で参考にしてもらい、順次取り入れられる予定です。同時並行で、e-learning教材(コンテンツ)の開発や社会の実課題・実データを実際の授業で使えるような仕組みづくりを行っています。また、内閣府でも、優れた教育プログラムに対する認定制度を創設するなどして、このプロジェクトを後押ししていきます。

小林:構想から1年足らずで検討から実現までたどり着けそうだというのは、失礼ですが国としては非常にスピーディだなと感じます。それを実現させた背景などはありますか?

西山:これからのデジタル時代、数理・データサイエンス・AIは、いわゆる「読み・書き・そろばん」のような、全ての方が備えるべき基礎的な素養になる、という認識が政府内にあるからです。国家100年の計を左右するくらいの、とても重要なプロジェクトだととらえていると思います。

グローバル化・デジタル化が不可逆的に進んでいる社会にあって、データをもとに物事を分析・予測・判断するスキル、データを正確に読み解き、統計でウソをつかれない、誇張表現に惑わされないスキルはすべての人にとって必須です。数理・データサイエンス・AIを学ぶのに、文系・理系の区別は要りません。数理・データサイエンス・AIは、文学や経済学、法学などを含め、あらゆる専門分野の学生が学ぶべき「令和時代のリベラルアーツ」だと私たちは考えています。

社会全体で数理・データサイエンス・AI教育の熱量を上げることが重要

小林:リテラシーレベルと、応用基礎レベルの2つに分けてらっしゃいます。特に影響範囲の大きなリテラシーレベルについて伺いたいのですが、具体的にどのくらいのレベル感を想定されているのでしょうか?

西山:モデルカリキュラムが想定しているリテラシーレベルは、「数理・データサイエンス・AIを日常の生活、仕事等の場で使いこなすことができる基礎的な素養を主体的に身につけ、それをもとに人間中心の適切な判断ができ、自分の意思でAI等の恩恵を享受し、これらを説明し、活用できるようになること」。つまり、データ・AI社会にあって、データを道具として実際に活用できる基礎的な素養が身についているレベルです。

検討中のモデルカリキュラムには、①実社会においてデータ・AIがどう利活用されているかを学ぶこと、②実データを使って分析・処理方法を学ぶこと、③個人情報保護やセキュリティなどデータ・AIを扱う上での心得(留意事項)を学ぶこと、の3つの柱があります。この3つの柱を中心に、おおむね2単位程度で学ぶことを想定していますが、学生の習熟度や専門性に合わせて授業レベルを変え、それぞれの大学の特色や創意工夫で、柔軟なカリキュラムを設計できるようにしています。

小林:なるほど、統計学が全学部の学生に対して単位となる可能性があるんですね!これは一律で全国の大学に導入されるものなんでしょうか?

西山:いえ、各大学で個性や理念を持って、特色ある自らのやり方を追求すべきです。そのため、我々が策定しているのはあくまでも「モデルカリキュラム」で、そのまま模倣するのは推奨していません。

一方で、横浜市立大学や慶應義塾大学、関西学院大学など、すでにモデルカリキュラムに近い授業を開設している大学もあります。こうした取り組みが進んでいる大学の事例を横展開して、他の大学・高専でも適切に導入が進んでいくと思われます。教育機関が互いに連携してよりよいカリキュラムを作り上げていってほしいですし、民間企業ともぜひ協力してほしいですね。大学間・大学と産業といった垣根を取り払って、社会全体で数理・データサイエンス・AI教育の熱量を上げることが重要だと思います。

学生の次は社会人。リカレント教育でデータ・AI人材を。

小林:2022年には高校でもデータサイエンス教育の一貫として「情報 I」が導入されます。それと大学におけるAI教育は関連するのでしょうか?

西山:「情報 I」の授業を受けた生徒さんたちは、2025年に、はじめて大学に入学することになります。つまり、2025年からの大学におけるAI教育は、さらに一段階レベルが高くなることを想定し、それに即した教育プログラムを改めて策定する必要があります。

小林:なるほど!そう考えると、2020年代後半の大学生は、今とはデータサイエンスに対しての理解や活用スキルが大きく向上していそうですね。

西山:そのようにしていきたいと考えています。また、若年層の教育だけでなく、さらなる教育範囲の拡大のため、社会人への教育、リカレント教育の強化も視野に入れています。残念ながら、日本には生涯学び直しを続けながらスキルアップ、キャリアアップしていくという文化が根付いていません。一度社会に出てから大学(院)に入りなおし、勉強して次のキャリアや職場にトライするというサイクルができていないのが実情です。

小林:確かに、一度卒業してしまうと、改めて大学で学ぶためのお金や時間も捻出が難しいし、それほどのことをして大学に行く意味があるのかと考えてしまいます。

西山:人生100年時代を迎えた今、リカレント教育は見直されるべきですし、これからの時代、やはり数理・データサイエンス・AIが学び直しすべき一番の対象になるはずです。学生と社会人、2つの教育が実現してはじめて社会全体が変わっていくでしょう。デジタル社会を生き抜き、データを利活用して、世の中に新しい価値を生み出せる人材があふれる日本になっていくだろうと大きな期待を抱いています。

データから新しい価値を生み出せる人材があふれる社会に

小林:これからの時代は、多くの人がデータを取り扱い、みんながデータの素養を持つ社会になっていくんでしょうか?

西山:私たちが思い描くデジタル人材とは、デジタル技術をうまく使って新しい価値を生み出せるような人材です。デジタル化すること自体に意味があるのではなく、デジタル技術を使って圧倒的な豊かさや便利さを生み出せるような人材を育てたいと思っています。もちろん、その際にはデジタルとアナログ、それぞれの良さを上手く組み合わせることが大事でしょうね。

そのためにも、リテラシーレベルの教育では、「数理・データサイエンス・AIを学ぶことの意義を知り、データやAIを扱うことを“好き”になってもらうこと」を第一の目的にしています。「好き」という気持ちはとても大事で、高い関心を持ってもらう、と言い換えても良いかもしれません。「なぜ?」「もっと知りたい」という次の学習への意欲につながります。

小林:確かに、「数学アレルギー」を抱えている人は多く、好きになる、意欲を持つと言うことはとても重要ですね。

西山:リテラシーレベルの学修を通じて、学生さんに深い気づきを持ってもらい、好奇心を育んで、次の学びへの意欲を高める。ここが、私たちが教育機関に期待したい点です。スマホが社会に普及し、EdTech(エドテック)と呼ばれる教育系のスタートアップ企業が様々な教育サービスのアプリを開発、提供しています。大学の講義をスマホで見ることもできます。私たちは、これらを使って「いつでも・どこでも・誰でも」学べる時代になりました。そうすると、実際の、大学の授業科目でしか出来ない学びとは何でしょうか。例えば、産業界と協力して、社会の実課題・実データを用いた実践的な教育プログラムや、学生・留学生・社会人など多様なバックグラウンドのある方が集まり、グループワークやディスカッションを主体とした教育プログラムなどにより、学生さんに、知識だけでない、深い気づきを持ってもらうことが一層重要になってくるのでは、と思います。モデルカリキュラムはあくまでモデルにすぎず、どんな授業にするかは、それぞれの大学・高専の特色、創意工夫によりますから、ぜひオリジナリティあふれる授業をしてほしいと思います。

小林:今後、企業でもデータサイエンティストの採用候補として、新卒学生が期待されていくと思います。大学で実課題・実データを用いた問題解決ができる、単なる分析屋ではない人材が輩出されると、企業にとっては明るいニュースになりそうですね!

西山:このプロジェクトは、日本の行く末を占うような壮大かつ重要な取り組みです。この成果いかんで、日本の100年後が大きく変わってしまうというほど意義のあるプロジェクトだと考えています。各省庁と教育機関、産業界をすべて巻き込んで、時代の流れに追いつき、追い越し、世界で活躍し、牽引するような人材を育成、輩出していくことが、今の私たちの使命だと思っています。

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