「先端IT技術で勝てるわけない」、考える力が足りない日本人へ“「変なホテル」仕掛け人”からのメッセージ
富田直美という人物をご存知だろうか。講演をすればセグウェイに乗って登場し、演台の端から端まで走り回り、壇上でドローンも飛ばす。そんな富田氏はロボット事業会社の株式会社hapi-robo st代表取締役社長をはじめ、株式会社エイチ・アイ・エスのグループ会社であるハウステンボス株式会社取締役CTO、多摩大学および多摩大学大学院客員教授など、十数個の肩書きを持つ。そして、恐竜ロボットや女性ロボットがフロントで出迎えるあの「変なホテル」の立役者でもある。富田氏は今の日本、日本人、そしてITエンジニアに向けて、世界には素晴らしいものがたくさんあるのに、それを経験していない。さらに自ら「考える力」が足りていないと警鐘を鳴らす。
ドローン、セグウェイは素晴らしい
――富田さんが取締役CTOを務めるハウステンボスではドローンを自由に飛ばせたり、セグウェイも乗れたりするそうですね
4年ほど前から取締役CTOとして、ハウステンボスに関わり、ロボット王国や変なホテルなどのプロデュースに携わっています。ドローンを使ったイベントにも携わりました。ハウステンボスの開業25周年スペシャル企画では、インテルが持つ複数機をまとめて制御できる郡制御技術(※)によってコントロールされたドローン300機を音楽に合わせて飛行させる世界最先端のショー「ドローン・ライトショー」を開催(下記参照、同社提供)。また、打上げ花火の中にドローンを飛ばして、水平移動させたりしながら撮影した動画(下記参照、同社提供)が少し話題になったのですが、実はこれ、私がドローンを操縦していました(笑)
――ドローンの可能性は広がっていますが、日本ではなかなか自由に飛ばせない。危険な面もあるのでしょうか
ハウステンボスは私有地なので、ドローンを自由に飛ばすことができるのですが、日本では規制があり、安価で素晴らしいドローンがあっても自由に飛ばすことができない。経験したのと経験していないのでは、1と0でありその差は無限大です。ドローンは先ほどの郡制御や水平移動といったものには適していますが、ドローンを使っての配達というのは適さないと私は考えます。経験してみれば分かることなのですが、すぐ目の前にドローンが飛んでくれば、飛行音もうるさくうっとうしいですし、大きめのドローンであれば羽で指が切れてしまう恐れもある。経験がなければそういうこともわからない。1と0の差は歴然です。
――セグウェイに乗られていますが、確かアメリカの企業でしたよね
セグウェイは元々、アメリカの会社ですが、今は中国XiaomiグループのNinebotが2015年に買収しています。ですので、私が乗っているセグウェイは中国製になります。よく「中国製?大丈夫ですか?」などと言われますが、はっきり言って中国の方が日本より進んでいて「日本の方が大丈夫?」と思いますよ(笑)。
中国の優秀な人はアメリカなどに留学して、シリコンバレーの会社などに就職して先端技術に携わった後、中国に戻ってからその経験を活かしてビジネスを起こしていきます。中国政府もそういった先端のビジネスをする人たちに莫大な資金援助を行ったり、必要であれば法律さえもすぐに改定してしまったりもします。また中国では普通に街中でセグウェイに乗ることができます。自転車より安全な乗り物にも関わらず、日本では乗ることができません。経験した人としていない人、もうどちらに利があるかは一目瞭然ですよね。でも、ハウステンボスでならセグウェイに乗ることができますよ。
中国の深センや上海は、シェアライドやキャッシュレスが普通になっていて、街全体でIT化が進んでいます。もちろんセグウェイに乗ってる人もいればドローンも飛んでいます(笑)。日本で深センや上海のような街のIT化が実現されるにはあと2~3年はかかると思います。
――そのほかにも日本が遅れてしまっている背景はどのようなことが考えられますか
もうひとつ言えば、日本人にどれだけ英語を話せる人がいるでしょうか。先ほど述べたアメリカに留学した中国人はもちろん話せるでしょう。日本ではAIやディープラーニングなどと言われていますが、日本語で開発が進められているのではないでしょうか。日本の人口は1億人程度、英語圏の人口は30~40億人とも言われています。そして、ディープラーニングは英語を使って行われています。この差は大きいですね。また、世界のスタンダードは英語で、もちろん最新技術の話題は英語で会話されています。先端技術に関わる日本のエンジニアでも、世界との架け橋となる英語というツールの重要さに気付いていない方は意外と多いのではないでしょうか。
産業用ロボットはロボティクス市場のたった2割
――日本がリードしている先端技術はないのでしょうか
日本が世界でリードしている先端技術といえば、ロボティクス市場の産業用ロボットになりますね。正確にいえば日本とドイツの2ヵ国が世界の産業用ロボットを牽引しています。しかし、ロボティクス全体をみれば産業用ロボットは2割程度の市場割合で、そのほかの8割はセグウェイや家電などの一般向けサービスのロボットたちが占めています。
変なホテルでは、サービスロボットなどが多く働いています。今後、おもしろいロボットがあればどんどん導入していこうと思っていますが、ロボットは完璧ではありません。言うなればセルフサービスに近い感覚があると思います。来てくれたお客さんにシステムを理解してもらい、自ら動いてもらわなければなりません。それでも困ったことが起きたら、最後には人間のスタッフが出てきます。そういう作りになっています。変なホテルは最先端のロボットを身近に感じてもらう、完璧ではないということをわかってもらうという趣旨があります。
技術や知識は道具、「考える力」は足りているのか
――「考える力」を身に付けること、それを講演会などで説いていらっしゃいますよね
多摩大学の初代学長で、現名誉学長である野田一夫氏とはプライベートで付き合いがあり、週1~2回食事に行ったりする仲です。その縁から8年ほど前、多摩大学大学院のMBAコースで客員教授をするようになったのですが、ビジネスを成功させるには、どうしたらいいのか。それには“考える力”が必要だよね、ということを教えてきました。それから、考える力とはなにか、ビジネス成功への道とはなにかを問う「富田考力塾」と題した講演や講義を年60回ほど行っています。AIやIT、ロボットなどをテーマにして、考える「知恵」を付けること、人を幸せにするにはどうすればいいのか、そういったテーマで話をしています。
日本には技術や知識があると思われている方が多い。確かに技術や知識はあるのかもしれませんが、技術や知識は道具であり、それをどう活用していくか、それを考える「知恵」が必要なのです。本当に知恵はあったと言えるのでしょうか。本当に知恵があるのなら、日本は借金大国になったでしょうか。ビジネスの知恵があれば、大手メーカーが外国企業に買収されることを防げたのではないでしょうか。
――知恵を付ける、そのために何をするべきなのでしょうか
ベストプラクティス、テンプレート、こういったものがないと動けないのが日本人の悪いところだと思うのです。これらは強いていえば、すべてコピペです。日本人はある技術が元々あって、それをより良くする、量産するといった、熟達させることは得意です。匠の技というのも歴史のある技術を熟達させたものを指しますよね。それはそれで日本の素晴らしいところではありますが、0から1を生みだすということに関しては、世界と日本とでは雲泥の差があると思います。これを自分の課題としてしっかり見つめることが重要です。
そして好奇心を世界に向けるべきです。すごい技術は別にアメリカや中国だけにあるわけではありません。世界中にアンテナを張って、勝手なブランド、価値観、先入観を捨ててまっすぐその技術を見てみてください。すごい技術や製品があれば、その後ろにはそれを開発したすごい人がいるはずなんです。エンジニアはそこに興味を持つことが大切です。僕は「すごいな、やってみたいな」と興味を持ったら、すぐにその製品を買ってしまいます(笑)。まずは経験してみないとなにもわからないので。
――最後にメッセージをお願いします
ダボス会議で持続可能な開発目標(SDGs)が掲げられているように、このままの状況で地球上にあと10億人増えたら地球では生態系を維持することができなくなる。つまり生活ができなくなると言われています。僕は地球の持続を可能とするため、「E-trinity」という概念を掲げています。これは自己(エゴロジー)・自然摂理(エコロジー)・環境経済(エコノミー)の3つの「E」によって、幸福な世界を実現しようというものです。そのためにテクノロジーを活用するのです。幸福とは、テクノロジーで人に楽をさせることではありません。人の能力を引き出すためにテクノロジーを活用するのです。どういった能力を引き出すのか、その幸福の定義は人それぞれ、それは自分で考えるしかありません。
今、日本が直面している問題の多くは「経験してこなかった」、「考えてこなかった」、そういったものが積もり積もって深刻化していったのだろう。幸福とはなにか、自分のやりたいこととは何か、それを考えること。そして、幸福になるためにどうするべきか「考える」、これが課題解決のヒントになるのかもしれない。
(※)「Intel Shooting Star」はエンターテインメント・ライトショー用に開発されたドローン。群制御でコントロールされた、たくさんのドローンがLEDライトを発光させ、夜空に様々な造形を作り出す。平昌オリンピックでは、1,218台のIntel Shooting Starドローンが五輪マークを描き、これまでのギネス記録を塗り替えた。