トヨタ定年退職後、ベンチャー立ち上げ—70歳エンジニアが挑む、自動運転実用化への道
自動運転はこれからどうなっていくのか——。
2018年3月18日、Uber社が行っていた完全自動運転車の実証実験中に、歩行者がはねられ、死亡した。
Uber社の事故以前にも、今年1月、テスラ社の電気自動車「モデルS」が「オートパイロット」状態で、停車中の消防車に追突する事故を起こした。また、2016年には同じくテスラのモデルSが、交差点を通過中のトレーラーに衝突し、運転手が死亡する大事故を起こした。どちらも、運転手はハンドルを握っていなかった。
Uber社の事故とテスラ社の事故は、似て非なるものである。Uber社の事故は完全自動運転車によってもたらされたが、テスラ社のオートパイロットモードはあくまでドライバーがハンドルから手を離さず、常に注意を払うことが前提となっている。
しかし、二社の自動運転事故が共通して示すのは、自動運転技術はまだ途上段階にあるということだろう。「自動運転の本格的な社会実装に向けてはまだまだ解決しなければいけない技術的問題が多く残されている」と語るのは、株式会社先進モビリティ代表取締役青木啓二氏だ。
青木氏は1990年からトヨタで自動運転技術の開発を始め、トヨタ定年退職後、2014年に自動運転ベンチャー、株式会社先進モビリティを立ち上げた。2016年にはソフトバンクから5億円の出資を受けるとともに、ソフトバンクとの合弁会社SBドライブが設立された。
日本における自動運転開発の先駆者である同氏は、今の自動運転技術開発をどう見るのか。また、70歳になった今も自ら現場に立ち、完全自動運転に向けた実証実験を日本各地で進める原動力はどこから来るのか。
自動運転の安全性を精査する厳しい目と、実用化への熱い思いを兼ね備えた、ベテランエンジニアに迫る。
「2度死にかけた」。自動車の怖さ
1990年にトヨタの研究部で自動運転の研究開発を始めて以来、実験走行中に2度死にかけたことがあると青木氏は語る。
「最初はトヨタのテストコースで自動運転システムの実験中、コンピュータの誤動作により突然ハンドルがぐるぐると回りだし、自動車もそのまま回転し始めました。隣のレーンでは時速200kmで他の自動車が走行実験している。その隣りのレーンに突っ込んでいたらと思うと本当にゾッとします。」
2度目は、供用開始前の高速道路を使った実験で、25トンのトラックの自動運転の走行実験中に、またもやハンドルが急回転した。今度は「プログラムのミスだった」と振り返る。
しかし、そうした大事故との隣り合わせの経験は、青木氏の安全性にかける思いをより強固なものにした。
「僕はコンピュータが故障したり、プログラミングが間違っていたりしたときの怖さを実際に体験しています。これまで自動車の開発に無関係だったIT系の自動運転関係の人と話していて、自分とギャップがあると感じるのはそこだと思います。自動運転の車がちゃんと走行しているだけで、自動運転の実現はすぐ近くだと思う人もいるかも知れないですが、僕はそうは思えない。安全性が確実に担保されて初めて、実用化が考えられると思っています。テスラの事故なんかは、そういう怖さを知らない企業の典型例だと思いました。トヨタとかであれば、絶対に実用化しない段階だと思います。」
「僕はトヨタに長くいたから、自動車のどこが故障すれば大事故になるか分かっている」と青木氏は語る。先進モビリティは、日本のある大型車メーカーに「世界中どこを探してもここまでの技術を持っている会社はいない」と言わしめた技術力を持つ。そんな先進モビリティが取り組むのは、乗用車の自動運転ではなく、隊列トラックとバスの自動運転だ。
なかでも青木氏が「性能面では目標に達している」と語るのは、自動運転を使った隊列トラック。しかし、性能面が目標に達した今も、安全性担保のため様々な実証実験を重ねる。その中には、あえてシステムを壊していく実験もあるという。
「装置1個1個の電源を抜いていって、安全に止まれるか、自分のレーンに留まれるかという実験をしています。隣のレーンになんか行ってしまったら、大事故になりますからね。」
ミスは、100万回に1回しか許さない。
青木氏が自身の基準として設けるのは、「10のマイナス6乗」の認知性能だ。自動運転のバスが、前にいる障害物や信号機などを人間と同じだけのレベルで認知できるようになるには、100万回に1回のミスしか許されない精度が必要だと青木氏は語る。
その基準で言うと、自動運転バスの実用化は「まだまだ」だと青木氏は慎重に語る。
「問題は、認知の性能なんです。ディープラーニングの精度が上がったと話題になっていますが、上がったと言っても90%から99%になっただけ。99%ということは、まだ10のマイナス2乗(100分の1)はミスしますからね。人間と同レベルを達成するにはまだまだです。私たちはバスやトラックに限られているので10のマイナス6乗の認知機能を想定していますが、世界中で保有者数が多い乗用車を扱っているトヨタなどの自動車メーカーは、もっと気の遠くなる数字を想定していると思いますよ」
自動運転の隊列トラックの実用化まで、8割到達
青木氏が最も実用化に近いと目論むのは、先頭車に有人ドライバーを置いて、後続車を自動運転させる自動運転の隊列トラックだ。法律や社会制度面を除いて、技術的には、7、8割まで目標を達成しているという。
前述の安全性が残りの1、2割を占めるが、社会的に受容されるかという技術以外の問題も大きい。受容度を高めるため、先進モビリティは、2019年1月に新東名高速道路の一部区間を使って、隊列走行実験を計画中だ。
「3台のトラックが隊列を組んで、全長は60mくらい。先頭車を追尾するように、後続車のハンドル、アクセル、ブレーキに自動制御をかけています。時速70km、車間距離10mで走らせる予定ですが、人間には不可能な車間距離ですね」
限界集落は、自動運転バスの条件もニーズも揃っている
隊列トラックの走行実験のほか、先進モビリティが進めるのは自動運転バスの走行実験である。2017年12月、内閣府が推進する戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の「自動走行システム」の一環で、沖縄の宜野湾市および北中城村でバスの自動運転を行った。
「交通量がとても多い地域は、それだけ認知すべきものが増えるので、技術も難しくなってきます。日野のポンチョという小型バスを改造して、自動制御ブレーキやディープラーニングを バスに取り付けました。ドライバーは警察庁が定めた自動運転ガイドラインに従って、ハンドルに触れていますが、片道10kmを自動運転システムで走らせました。前に障害物がない状態であれば、人間がオーバーライド(※ハンドルを握って操作すること)した機会は、1%も無いと思います。しかし、障害物があったとすると、かなりの頻度でオーバーライド介入があります。だからやはり認知の問題が1番大きいですね」
交通量の多い場所での実験に比べて、大きな手応えを感じたのが中山間地域での走行実験だ。国交省が進める「中山間地域における道の駅等を拠点とした自動運転サービス」の一環で、滋賀県の奥永源寺と北海道の大樹町でそれぞれ自動運転バスの実証実験を行った。
「いわゆる限界集落には、自動運転の走行条件もニーズも揃っているんです。条件としては、山間地域なので、速度も上げなくて良いし交通量も少ない。またこういった地域は人が減っていて儲からないという理由からどんどんバスの路線が廃線になっている。しかし一方で、残された高齢者の人たちは他に交通手段がない。バスのオペレーションコストの6割は人件費であることを考えると、こうした地域こそ自動運転バスのニーズがあると思います」
中山間地域のモニターの乗客の感想は、市街地での実験とは違ったという。
「私はバス車内の説明員として乗車したんですが、他の地域ではみなさん「すごい!」と自動運転の技術自体に感動するのに対して、中山間地域では「こういうのがあったら本当に便利だろうな~」とつぶやいている地域住民のおじいちゃん、おばあちゃんが多いのが印象的でした」(同社総務部 渉外・広報担当の松尾悠理氏)
自動運転の道20数年、今が1番の手応え
トヨタ定年退職後にベンチャーを立ち上げたのは、当時トヨタを始めとした日本の大手の自動車メーカーは自動運転の研究開発を進めることに躊躇していたからであった。実際、青木氏がトヨタ在職中は「自動運転」は禁句で、あくまで「安全運転支援」と言わなければいけなかったという。
しかしトヨタを定年退職後に先進モビリティを立ち上げたとき、青木氏はすでに65歳を越えていた。今は70歳。自動運転への尽きぬ熱意は一体どこから来るのだろうか。
「熱意ですか…。それは、トヨタに入ったとき、直属の上司から「会社生活30年の中で、3つ何かを達成しろ」と言われたんです。で、私は2つ目までは達成したんです。1つ目は、自動車のエンジンの自動制御をアナログコンピュータから、デジタルコンピュータでできるようにしたこと。2つ目は、自動車の総合制御。エンジン以外に、ブレーキとかトランスミッションとかを総合的に制御するものです。2つともある程度実用化レベルまで持っていきました。そして、3つ目が自動運転です。自動運転で僕がトヨタでやった事って、結局お金を使ったことだけ。製品化することができなかった。定年退職後、JARIに移って自動運転の研究開発を続けましたが、ここでもできなかった。そして今、3度目の正直なんです。過去20数年の中で1番手応えがあります。今までは自動運転の「じ」の字もなかった。しかし今は社会的追い風もあって、一緒に協力してもらえる会社も増えています」
現在、先進モビリティが共同開発を進める会社は30社に及ぶ。トラックメーカーから、電子部品メーカー、通信メーカーまでありとあらゆる業界と手を組む。これから、AIのベンチャーなどとも積極的に協力していきたいと青木氏は語る。
「日本の自動運転ベンチャーはまだ少ないですがディープラーニング等の最先端の技術を持ったベンチャーともこれから組んでいけたらいいなと思います」
社員数25人の内、20人がエンジニアだという先進モビリティ。自動車に精通したベテランエンジニアが率いる先進モビリティが、これからどんな自動運転の未来を見せてくれるのか楽しみである。また、自動運転という分野において、青木氏のような豊富な経験を持ち、自動車の怖さまで知り尽くした人物が活躍しているというのは、一消費者としても安心感を覚える。