エンターテインメントに「触覚」を。振動で音楽にライブ感を生み出す東工大発ウェアラブルデバイス

ハプティクス、という言葉をご存じだろうか。ハプティクスとは「利用者に力、振動、動きなどを与えることで皮膚感覚フィードバックを得る技術」のことをいい、触覚技術とも呼ばれる。VRヘッドセットで視覚や聴覚を提示するように、「触覚」を再現する技術がハプティクスである。

「ハプティクスをもっと普及させたい。触覚のフィードバックがあることを前提にしたコンテンツが作られる世界になってほしい」

そう語るのは、東京工業大学発のスタートアップであるHapbeat合同会社のファウンダー/CEOの山崎勇祐氏。同社のプロダクト「Hapbeat」は、音楽ライブやクラブなどで身体に感じる重低音の響きを、振動によって再現・拡張するプロダクト。音楽や映像に振動という「触覚」をプラスして、新しいエンターテインメント体験を生み出すハプティクス系デバイスだ。カプセル型のデバイスにはモーターが内蔵されており、このモーターの回転によってネックストラップ部分の「糸」を微細に動かすことで身体に振動を伝える仕組みになっている。

「優れているのに、知られていない」ハプティクスで新たな音楽体験を

山崎氏は、東京工業大学の大学院でバーチャルリアリティ技術やヒューマンインターフェースを専門とする研究室に所属。Hapbeatは、その経験の中で感じた一種のもどかしさのような思いから誕生した。

「ハプティクス系のプロダクトって、学会では素晴らしい技術を持ったものがたくさん発表されているんです。にもかかわらず視覚や聴覚の技術に比べて認知度が低く、特に指先以外の触覚を扱うプロダクトはほとんど普及していません。優れたプロダクトが知られていないのは本当にもったいない。Hapbeatを開発しようと思ったのは、この現状を打破したかったからです」

さらにもう一つ、開発のきっかけとなったのは音楽ライブでの体験だった。元々、高品質のイヤフォンやヘッドフォンを探すのが好きだったという山崎氏。しかし、どんなに質が高いとされるイヤフォンでも、音楽ライブで得られる臨場感には及ばないと感じたのだという。

実際に装着したHapbeat。スマートフォンなどのデバイスとHapbeatを接続し、さらにHapbeatにイヤフォンを接続して使用する

「どんなに良いイヤフォンでもライブには勝てない、というのはよく言われることですし、私自身もそう思っていました。音というのは空気の波、つまり振動なので、ライブ会場で大きなスピーカーから発せられる音は鼓膜だけではなく、身体全体に振動として伝わっています。この身体で感じ取る振動こそが臨場感の要因なのではないか? というのがHapbeatの発想のスタートでした。Hapbeatは触覚技術を用いて振動を再現することで、イヤフォンだけではできない『ライブ感』を生み出しています」

実際に使用してみると、ネックストラップ部分から音楽に合わせて強弱様々な振動が身体に響き、ライブ会場で感じる「ズンズン」という音圧を味わうことができた。また、映像コンテンツを視聴しながら使用すると、砲撃や爆発などの激しい音に合わせてデバイスが振動し臨場感を与えてくれる。大きな音を出さずとも、部屋や外出先で手軽に「身体で音を感じる」体験ができるのだ。

小型ながら圧倒的な臨場感を実現する「糸」の振動

振動で音響に臨場感をもたらすデバイスはすでに商用化されたものがいくつか存在する。しかし、それらはより振動を伝えるためショルダー型やベスト型などサイズの大きなものが多く、持ち運びや装着のハードルが高かった。一方で小型のデバイスは大きな振動を出すことができず、結果として製品は「コアな音楽好きが欲しがるもの」という領域にとどまっていた。
Hapbeatは、より多くの人が手軽に質の高い体験ができるデバイスを目指し、「モーターと糸による振動」というアイデアで「小型で強振動」を実現しているという。

従来装置の構造図。重りの大きさと重りを動かす幅で振動の強さが決まるため、小型装置は高い出力が出せず、高出力のために重りを大きくすると音楽の複雑な波長に合わせた繊細な振動ができなくなっていた。

「Hapbeatは従来あった構造とは大きく違い、モーターの回転を糸に伝えることによって振動を発生させています。回転式にすることで動きに制限がなくなり、小型のモーターでも既存の大型装置に勝るほどの振動を表現することが可能です。また、コアレスモーターを採用することでより微細に振動させられるようにしています」

さらに表現可能な周波数の幅についても大きな違いがある。Hapbeatは0~10Hzという超低周波であっても反応し下記の動画のような動きを生み出すことができる。通常のイヤフォンが出せる音の周波数は低くても10Hzからであり、Hapbeatは通常の再生機器で耳に聴こえない部分をも身体感覚として表現できるのだ。

低周波数でのデバイスの動き

超低周波数を表現した感覚は、ぶるぶる震える「振動」というよりは首をドンドンと叩かれる「力」として身体に伝わる。耳に聞こえない超低周波数が「力」として表現されることで、バスドラムで首を直接叩かれるように感じられ、よりビートの効いたグルーブ感を得ることができる。こうした「力」の表現は、将来的にVRゲームなどでプレイヤーに衝撃のフィードバックを与える際の技術としても応用可能である。

Hapbeatのもう一つの特徴は、小型のデバイスかつ手軽な装着方法ながら振動を上半身の広い範囲に与えられる点にある。それを可能にしているのが「糸」を用いてネックストラップ部分を振動させるという構造だ。

「2017年3月30日にクラウドファンディング支援サービス『DMM Starter』を通じて、キックスターターに出品していた初期モデルは、本体から糸を引き出してウエスト部分に巻きつけるという形でした。ネックストラップ型になったのは、初期モデルを試してもらった方の1人が遊びでウエスト部分に巻きつける糸を首にかけてみたのがきっかけなんですよ。首に巻いてみると思った以上に振動を広く伝えることができて、『これいいね』と。ベルト型も捨てがたかったのですが、ネックストラップ型になったことで付け外しの点でもぐっと手軽になりました」

合同会社Hapbeatのファウンダー/CEOの山崎勇祐氏

「視覚+聴覚+触覚」のコンテンツが当たり前の世界へ

小型で高出力、さらに手軽という高い性能をもったHapbeat。「手軽さの点でも、振動の質という点でも従来品よりも優れている自信があります」と、山崎氏は力強く語る。Hapbeat社では、来春から夏にかけて量産体制を整えるためのクラウドファンディングを行う予定だという。現在はテスト段階として、市場調査やユーザーからの意見を受けて機能改善を行っているフェーズだ。

研究室にて、山崎氏が普段使っているというデスクでの1枚

「クラウドファンディングに向けて、デバイスの機能や仕様をブラッシュアップしていくのと同時に、コンテンツを製作する会社とコラボレーションしたり、自社制作でHapbeat ありきのHapbeatに特化したコンテンツを作ったりすることも考えています。ハプティクスで今までにない表現ができるということをどんどんアピールしていきたいです」

手軽に持ち運べる小さなボディに詰め込まれているのは、高性能なアーキテクチャと山崎氏の「触覚技術を表現技法のひとつとして確立させたい」という思いだ。音楽や映画を「身体で楽しむ」ことが当たり前の世界を作る――その可能性を、Hapbeatは秘めている。

ホームページ:http://hapbeat.com/
Facebook:https://www.facebook.com/hapbeat/

Hapbeatのプロトタイプの移り変わり。様々な変更を経て現在のネックストラップ型になった
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