数学研究から保険会社へ。「問いの立て方から並走し、道筋を立てていく」事業会社のデータサイエンティストのリアルとは?

正味収入保険料1兆円超、従業員1.4万人を抱える大企業であるあいおいニッセイ同和損害保険株式会社。2018年4月に発売した国内初の運転挙動反映型テレマティクス自動車保険では、運転を評価するモデルに機械学習を用いているほか、事故対応サービスにAIを活用していることで注目されています。今回は、データサイエンティストとして活躍する経営企画部データソリューション室技術チームの増田氏と谷氏にお話を伺いました。お二方の考える「理系学生のキャリアと最先端の学術的知識」「他の業界にはないユニークなデータを保有する保険会社ならではのデータ活用の可能性」「事業会社のデータサイエンティストのリアル」とは?

※インタビューは感染症対策のため、一部の撮影時を除きマスク着用にて実施。

インタビュー対象者
あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
経営企画部データソリューション室 技術チームリーダー
増田 洋希氏(2008年入社)

あいおいニッセイ同和損害保険株式会社
経営企画部データソリューション室 技術チーム
谷 陽太朗氏(2020年入社)

学生時代は整数論を研究。数学の知識を活かした
社会課題解決にチャレンジするため保険会社へ

増田氏:
大学では整数論の研究をしていました。数学を活かした仕事に就きたいと考えていたところ、アクチュアリー(*1)の専門職があることを知り、2008年4月に入社。保険料の算出をメインに約7年半自動車保険の業務を担当しました。2015年にテレマティクス(*2)自動車保険事業者であるInsure the Box社(以下、ITB)を買収した流れを受け、2015年10月からは英国子会社ADE社への出向(ロンドン駐在)を経験。2019年に帰国し、経営企画部データソリューション室にて、主にテレマティクスやモビリティ(*3)関連の案件を担当しました。現在は、当室でデータ分析業務、技術アドバイス、データサイエンティスト教育を担当する技術チームのリーダーを担っています。具体的には、分析における上流設計やプロジェクト方針の検討、分析メンバーのアサインや進捗管理などを担当しています。

*1 確率や統計などの数理的手法を用いて、将来のリスクや不確実性について分析・評価する専門職。同社においては、商品開発業務やリスク管理業務などに携わる。

*2「テレコミュニケーション(通信)」と「インフォマティクス(情報工学)」を組み合わせた造語。自動車などの移動する媒体に通信技術を組み合わせてリアルタイムに双方向で情報を通信し、「つながる」ことで新しいサービスを提供することが可能となる技術を指す。

*3 ここでは、自動車をはじめとしたバス・電車などを含む、人の移動手段・交通サービスに関する事業分野を指す。

谷氏:
大学では純粋数学の表現論を研究していました。数学を活かした仕事を探す中で、はじめはアクチュアリーに興味を持ちました。いろいろと調べていくと、リスク管理を専門性とするアクチュアリーに対し、より広い範囲の課題に答えるためにはデータサイエンスが有用なのではということを知り、データサイエンティストへの道を選び、2020年4月に入社しました。入社後は技術チームに所属し、研修を通じてデータサイエンス技術を学んだ後、ITB社の走行データの分析など、複数の分析業務を担当しています。さらに産学連携プロジェクトでは滋賀大学との共同研究に参画しています。滋賀大学は2019年4月に日本初のデータサイエンス学部データサイエンス研究科が創設されました。そこで新規の研究プロジェクトのサポート役をつとめています。社内活動では、データサイエンス実習のプログラム策定・講師などを担当しています。データサイエンス初心者向けのカリキュラムを考えるなど、ゼロから実践的なところまで学べる仕組みづくりに挑戦しています。

増田氏:
データソリューション室は、2018年6月に立ち上がった組織です。室全体で約15名、そのうち技術チームは20~30代を中心に約8名で構成されています。今年度も「アクチュアリー・データサイエンス」コースで3名が当室に配属されました。機械工学、経済、物理、化学など多様なバックグラウンドを持つメンバーが集まっています。それぞれが知識の共有を行い、知のアップデートを図りながら業務に取り組んでいます。

2018年大きな転機を迎えた保険業界。
ビジネスの可能性を広げるには?

増田氏:
保険業界はこの5~10年で大きな変化がありました。背景には「自然災害や少子高齢化、モビリティの進化などによるリスクの多様化」といった社会要請があります。さらに「技術の進歩に伴うデータの種類と量の増加」「データ処理能力の入手可能性の拡大」によって、社会要請に応えられる土台ができたことが大きいと見ています。2015年に当社がITB社を買収し、その後2018年4月、国内初の運転挙動反映型テレマティクス自動車保険を発売しました。これは運転を評価するモデルに機械学習を用いているほか、テレマティクスデータによる事故発生検知やドラレコ映像を基にした客観的な事故状況把握といった事故対応サービスにAIを活用しています。

このように2018年、保険業界は大きな転機を迎えました。ビッグデータの時代はさらに進んでいくでしょう。保険会社の理系社員としてはアクチュアリーが多いですが、若い世代はデータサイエンスに興味を持つ方も増えています。彼らはアクチュアリーが普段使わないような手法などの違った引き出しを持っていることもあります。先輩社員の”経験値”と優秀な若手の”知”の相乗効果で、ビジネスの可能性を広げることができるのではと期待しています。

谷氏:
技術チームでは「試行錯誤をしながら進める」ことが基本になっています。まだ誰も挑戦していないことへのチャレンジが多いため、うまくいかないことも当然あります。常に試行錯誤していくという部分では、大学での研究と共通しています。他方、入社前には気づかなかったデータ分析プロジェクトを進める上での注意点など、先輩社員の”経験値”から日々多くの学びがあります。

現在、携わっているプロジェクトのひとつに滋賀大学と産学連携で設立された日本セーフティソサイエティ研究センターとの共同研究があります。自動車事故関連情報などのビッグデータ活用によって、事故要因を突き止めて事故防止などに役立てることを目指した取組みです。現在はまだサポート業務が中心ですが、先輩社員の活躍を見ていると、私も将来的には機械学習の小さな技術からスタートしたものをビジネスにつなげ、社会課題を解決するところまでもっていく人財として活躍したいという新たな目標ができました。

保険会社のイメージが変わる。事業会社の
データサイエンティストとして働く面白さとは?

谷氏:
入社後は「データサイエンティスト育成支援サービス」を活用した新人研修期間を経て、進行中のプロジェクトへアサインされるケースが多くありました。そこでは「このデータにはどういった背景があるのか」といったビジネス背景、つまりドメイン知識について先輩社員に質問し、理解を深めるところからはじまりました。そこではデータ解析の技術だけを磨くのではなく、解析しようとしている業界や事業についての知識や知見を深めることで、見えてくるシナリオがあると学びました。多種多様なデータと機械学習を組み合わせることで、課題解決の有効なアプローチを見つけていく面白さは、保険会社のデータサイエンティストならではの醍醐味だと思います。

増田氏:
保険会社は他の業界にはないユニークなデータを保有しています。保険契約や保険金支払いなどのデータです。これらは、データサイエンスやAIによって、商品・サービス開発だけでなく、社内の業務を大きく変える可能性を秘めています。また、データソリューション室は「日頃の業務改善」だけではなく「新しいビジネスをつくっていく」ということも担っています。

簡単な言い方をすると「データはあるがどうしていいかわからない」という各部門に対し、自らデータの利活用を推進できるようデータの利活用の啓蒙、スキル向上をサポートする傍ら、データを使った新しい商品・サービス開発をミッションとして活動しています。

データサイエンスやAIによって、商品・サービス開発を大きく変えた実例として、2021年5月に実現した「自然言語処理によるアンケート分析」があります。これは保険金をお支払いした際に、お客さまにご協力いただくアンケートのフリーコメントから、自然言語処理でニーズを抽出・把握するモデル構築が実現した事例です。アンケートの分析結果を各損害サービス拠点に還元することで、お客さま満足度の向上に向けた活動の支援につなげることができたのです。

「アカデミア/コンサルティングファーム/事業会社」
ファーストキャリアはどこがいい?

増田氏:
事業会社のデータサイエンティストとして働く面白さの1つに「ドメイン知識について深く会話ができる」というものがあります。事業会社の中だからこそ、コアな情報に触れられることは大きな魅力です。

データソリューション室では、プロジェクトの成功とビジネス部門の経験・学びを両立させることを狙い、課題の明確化からビジネスへの適用まで、ビジネス部門と深くコミュニケーションを取りながらプロジェクトを進めるようにしています。平たく言うと「自分たちのビジネスの課題はどこにあるのか」といった問いを立てるところから並走し、道筋を立てていくのです。このコミュニケーションには、コーディング等とは異なる高いスキルが求められますが、事業会社のデータサイエンティストだからこそ経験できる深い学びでもあります。

このように社内のデータ利活用の重要性が高まる中、データサイエンティストはコンサルタントのような役割も担うシーンがあります。しかしこれは同時に「データを使うことへのハードル」が多くの課題を残していることを表しています。「AIやデータサイエンスは万能で、データがあれば何か良いものが出てくる」といった誤解にもよく出会います。この根底にあるのは「データを活用した課題解決に慣れていない」という問題です。

そこで、2020年10月より、英国オックスフォード大学スピンアウト企業 Mind Foundry 社と資本業務提携し、社内の多様な業務(商品・サービス開発、損害サービス、資産運用など)へのAI導入に向けて、社内各部と取組みを進めています。Mind Foundry社は、データサイエンティストではない社員でも機械学習を扱えるようにするサービスを開発・提供しているスタートアップ企業です。提携の決め手となったのは、当社の目標の1つである「全ての部門においてデータの利活用を実現する」と一致していること、オックスフォード大学のPhD(博士)である彼らと組むことで、最先端の学術的知識に触れられることです。つまり、この提携によって、私たちデータサイエンティストのスキルアップ向上はもちろん、最先端の学術的知識をビジネスに落とし込むことが実現します。

谷氏:
私もかつて、アカデミアに残るか企業に就職するか迷った一人です。私の場合は「自分の持つスキルを活かしながら社会貢献できる場所はどこか」という問いの先にあったのが保険会社でした。私たちは「日々の暮らしの中に潜む事故や被災のリスクをどうやって減らすことができるか」という課題を抱えています。私が保険会社のデータサイエンティストに興味を持ったのは、目の前にある社会課題の解決へチャレンジできる環境だからです。

保険会社ならではのデータを活用できることに期待して入社し、実際に保険会社のデータサイエンティストとなったいま見える景色があります。それは「社会課題を解決したい」「データを活用した新しいことに挑戦したい」「最先端の学術的知識に触れていたい」という3つを叶えられる場所だということです。これら3つを求める学生には、当社のデータサイエンティストはフィットすると思います。

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