モデルの「イケメン」はなぜ起業し、webメディアを運営しているのか

【抱かれたいAV男優No.1】しみけんアレにまつわるロングインタビュー」「【男ってバカ?】浴衣美女が財布を持たずにお祭りで食べたいものを好きなだけ奢られてみた」――男性であれば思わず目を引かれてしまうこれらのタイトルは、“明日のモテるを配信中!”がテーマのメンズファッションwebマガジン『MTRL(マテリアル)』のものだ。

同誌には上記のような尖った企画だけでなく、「【目指せ美眉男子!】初心者向けメンズ眉マスカラ講座!」などの実用的なノウハウ記事も並ぶ。運営の株式会社MTRL代表で編集長の佐野恭平さんは、もともと『MEN’S KNUCKLE』やヘアカタログなど、一時代を築いたメンズファッション誌のモデルだったという。

佐野さんはなぜモデルでありながら起業し、webマガジンを立ち上げるに至ったのか。紙からwebへと移り変わる業界で今、若年層向けメディアを運営する理由に迫る。

「イケメン」は潰しが効かない

佐野さんがモデル業を始めたのは16歳。大学生になり、周囲のモデルが芸能界に入ったり、自身も誘われたりするようになったが、佐野さんは芸能界にまったく興味がなかったという。

「“イケメン”って、潰しが効かないんです。例えるなら、国語・算数・理科・社会の1つの教科だけができるようなもの。でも、その他の教科もできないと、テストには合格できませんよね。なのに、あまりにみんな危機感がない。トップモデルや俳優になりたいのであれば+αが必要なのに、イケメンであることに甘んじて努力を怠り、歌舞伎町方面に流れてしまう人たちをたくさん見てきました。今の自分への評価なんて、明日には変わってしまうかもしれない。だから、モデルしかできないまま大人になるのは怖いと思っていました」

当時から「自分でビジネスがしたかった」という佐野さん。大学時代にはフリーペーパーを立ち上げ、そこで制作したTENGAの広告ページがネット上で大きな話題になったこともある。

「TENGAさんって、プロダクトが有名だから、当時は宣伝広告費の予算がなかったんです。でも、“イケメンがTENGAをまき散らしながら謎のポーズを決めてジャンプする”っていう企画は絶対におもしろいと思って。営業をかけて、TENGAさんに初めて宣伝広告費を捻出してもらいました。モノ作りの楽しさを知ったのはこのときです」

モデルがいないなら、自分がモデルになればいい

そんな佐野さんだが、いきなり起業することはなかった。「普通に就活して、新卒で入社した」のは、しっかりと将来を見据えての判断だった。

「20代前半で起業するのと、20代後半で起業するのと、30代で起業するのでは、リスクも覚悟も異なる気がしませんか? 年を取るごとにリスクは下がるかもしれないけれど、覚悟はなかなかつかないように思います。だから僕は30(歳)になるまでに起業したかった。そこから、いつまでにどんなスキルを身につけるのかを逆算して、まずは将来の起業の役に立ちそうな会社に就職したんです」

就職後も副業としてモデルの仕事を続けていた佐野さん。しかし、それまでの『キラリ!』や『CHOKiCHOKi』といったいわゆる“原宿系”の雑誌から、所属を“渋谷系”といわれる『MEN’S KNUCKLE』に移していた。佐野さんの戦略はここにもある。

「本業の方で、web上でメンズのカラコンの店舗をプロデュースする担当者になったんです。でも、当初は渋谷系のモデルや雑誌とつながりがなかった。影響力のあるモデルや雑誌に商品を紹介してもらえるかどうかは売り上げを大きく左右するので、人脈はほしい。だったら、自分が渋谷系のモデルになって、つながっちゃえばいいと思ったんです(笑)」

紙雑誌の休刊と、webメディアの台頭と

佐野さんは“モデルとしての自分”を上手に利用しながら、着実に成果を収めていく。4年間の勤務の後、今度はマーケティングを学ぶために広告代理店に転職をした頃、時代には変化が生じていた。

「ちょうど、webメディアが流行ってきたんですね。僕もそのうちの1つに寄稿するようになって。自分の書く記事が読まれて、感想を伝えてもらえるのが、とてもおもしろかったんです。自分が書いた記事を集めて『JUNON』に持ち込んで、ライターとして紙の連載をもらった、なんてことも。次第に自分もメディアをやってみたいと思うようになりました」

佐野さんは代理店には2年ほど勤務し、28歳で株式会社MTRLを起業。同名のwebマガジンであるMTRLをリリースした。ここまでさまざまな経験を積んできたとはいえ、起業に不安はなかったのだろうか。

「不安しかなかったですよ(笑)。それでも起業したのはタイミングですね。この時期って、紙の雑誌がバタバタと休刊になり始めて、一方でwebメディアが大型買収される、という象徴的な出来事が起きていたんです。資金調達のニュースもバンバン流れていて、“webには可能性あるじゃん”と思いました。ある意味では今がバブルだな、と。会社員だとその恩恵にあずかれないので起業した、という感じですね」

みんな「紙(の雑誌)が好き」とか言うけど、口だけ

当時休刊した雑誌の1つは、渋谷カルチャーを長く牽引してきた『men’s egg』。佐野さんが立ち上げ、編集長を務めているMTRLも、やはり同誌の影響を受けているそうだ。

「MTRLをリリースするにあたって、雑誌業界でよくやるように、ポジショニングマップを作ったんです。そうしたら、メンエグがなくなった分、その場所が空いていた。MTRLのコンセプトには、メンエグの読者のペルソナ分析をしてできた部分もあります」

そんな佐野さんを動かす原動力は、ギャル男然とした見た目の印象とは異なり、「自分を育ててくれた環境への恩返し」だという。

「モデル業は、例えば社交性や礼儀といった、自分の人間らしい部分を育ててくれた。そのときの縁はこれからも大事にしたいです。昔、ヘアカタログのモデルをしていた美容室が、MTRLの撮影に協力してくれることもありますよ」

だからこそ、自分がモデルとして世話になった紙の雑誌が次々と休刊に追い込まれる現状には、佐野さんは複雑な思いを抱いているそうだ。

「正直、紙の雑誌はもう、立ち行かないと思います。マネタイズ面で思うこともありますし、”カルチャーを作る”という本来の機能も果たせなくなってきているので。企業側が広告を出稿する理由というのは、マーケティングとブランディング。このうち、マーケティング広告は紙雑誌の弱点です。効果が測れないから。そうすると、舞台はやっぱり効果測定性に優れたwebになっていくのかなって。ユーザーにしてみても、有益な情報がスマホで無料で読める時代に、紙の雑誌に500円とか出すのは大変じゃないですか。みんな“紙(の雑誌)が好き”とか言うけど、口だけですよ。みんなが買わないから紙(の雑誌)がどんどんなくなってんじゃん、って。建前はあるだろうけど、現実的には厳しいと思います」

モデルの「出口」としてのMTRLでありたい

MTRLは現在、PV230万、UU60万。スタッフは現在アルバイトやインターンを含めて5人、所属モデルは30人ほど。規模の拡大に伴い「ここからは本格的にマネタイズしていく」とのこと。

「僕らは収支のバランスが悪いメディアなんです。受託の仕事でお金を稼いでも、自社メディアのコンテンツにつぎ込んでしまう。尖った企画もするので、最初からGoogle AdSenseからの収入は捨てているし、そもそもバナーを貼りまくってユーザビリティを損ねることもしたくない。だからこそ、記事広告ですね。雑誌がやっていた枠を取りに行くつもりです」

「ヤングメンズで成功したwebメディアはまだありません。生き残っている紙メディアがライバルです」

しかし、メディア事業の参入障壁は現在、限りなく低い。乱立するwebメディアの中で、MTRLはどんな展望を描くのか。

「ヤングメンズを対象としたすべての領域で、MTRLのブランドを認知させたいです。例えば、“MTRLのヘアカタ(ログ)ってイケてるよね”と言われたい。東京ガールズコレクションのようなイベントをMTRLが開催したっていいですよね。あとは、モデルが育つプラットフォーム。所属モデルのエージェント業もしているので、その子たちを有名にしてあげるだけじゃなく、いつかモデルという仕事を続けられなくなったときに、出口を作ってあげるような仕組みができればいいと思っています」

「出入り自由の部室」で作るメディア

モデルという仕事の出口――かつて“イケメンは潰しが効かない”という危機感を持ち、自分で事業を興した佐野さん自身もまた、その1つなのだろう。そんなロールモデルたる佐野さんは、しかし、賛否両論ある発信で物議を醸すこともある。その真意はどこにあるのか。

「もともと、不適格な人間だっていうのはありますよ(苦笑)。ただ、ソーシャルの人格って宣伝隊長みたいなところがあると思っていて。僕がほしいのはヤングメンズのファンなんです。だから、キツイことを言って年上の男性や女性に嫌われても、MTRLの読者層に刺さればいい。思ったことをはっきり言うことで、“この人のメディアなら”って情報の信頼性が増すこともあると思うんです。アイコンになっちゃえば楽ですよ。宣伝広告費がかからないし、モデルもついてきやすい。もともとは“佐野恭平のMTRLじゃだめだ”と思っていたので表に出ないようにしていたんですが、今は僕以外の編集者の企画がどんどんよくなっているので、編集長業をしている、という意識でもありますね」

順調に人材が育っているというMTRL。メディアとしてのさらなる成長のために、今後はどのような人材を募集していくのか。

「総合力がある人がいいですね。特に、紙の雑誌の人。やっぱりコンテンツを作る力があるので。でも、よく紙の雑誌の人に言われるのが“webって編集がここまでやるんだ”ということ。基本的に、雑誌では広告は営業が取ってくるし、ページごとの売り上げも出ないじゃないですか。でも、webでは編集が営業も、それだけじゃなく、ライターやカメラもやらなきゃいけないかもしれない。PVを伸ばすために、自分が企画に出るかもしれない。そういう総合力が求められていると思います。あとは、デザイナーや動画クリエイター。時代に合わせたさまざまな表現を追究していきたいです。あと、インターンも引き続き募集しています。MTRLは出入り自由の部室みたいなところなので、気軽にドアをノックしてほしいですね。ただし、部活はめちゃくちゃハードだと思います(笑)」

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