SNS中毒を救う、「穏やかなテクノロジー」って何?猫耳教授が解説!

落合陽一氏も注目する、「穏やかなテクノロジー」

「穏やかなテクノロジー(Calm Technology)」をご存知だろうか?

90年代にユビキタス・コンピューティングの提唱者マーク・ワイザーが形成した概念だが、近年新たに見直されている。

コンピュータが人の周りに溢れることで、便利になる一方で逆に人の集中力を奪ってしまうーー。

そんなことを1990年代末に既に予期していたマーク・ワイザーは、人の集中力を奪わず空気のように存在する『穏やかな技術』が必要である、と提起したのである。

かの落合陽一氏も、過去のインタビューにおいて、穏やかなテクノロジーの問題を今の世代が引き継いでいかなければならないと語り、重要視している。¶

「コンピュータと人との関係が、90年代に比べて今の方が良くなったとは、私たちは言えないのではないでしょうか」

そう疑問を投げかけるのは、京都産業大学でHCI(ヒューマンコンピュータインタラクション)を専門にする水口充教授だ。カーム・テクノロジーやコンピュータと人間の関係のあり方について1990年代末から研究を続けている。

プロフィール:水口充(みなくち みつる)先生。京都産業大学コンピュータ情報理工学部・大学院先端情報学研究科教授。シャープ株式会社で、ユーザインタフェースに携わったことがきっかけで、1990年代末から穏やかな技術に注目する。 UIの授業で、脳波で動く猫耳カチューシャをブレインマシンインターフェースの一例として実際に装着して授業を行うことから、学生から『猫耳教授』と呼ばれている。(画像は、水口先生提供)
取材は、京都にいる水口先生とスカイプを使って行った

日本におけるカーム・テクノロジーの第一人者とも言うべき水口教授に、穏やかなテクノロジー実現のためにエンジニアが意識すべきこと、また、穏やかな技術の観点から考える、”いいUI”について伺った。

良いUIが、「善い」UIとは限らない

ー『穏やかなテクノロジー』の実例を調べると、「音が出るヤカン」から、「1日1分間しか使用できないアプリ」まで出てきます。ずばり、穏やかなテクノロジーとは何なのでしょうか?

これ1つという定義は難しいかも知れません。マーク・ワイザーがそもそも何故カーム・テクノロジーを提唱したのかというところに立ち戻ってみましょう。

マーク・ワイザーはユビキタス・コンピューティングを提唱した人として有名ですが、いま理解されているような「コンピュータに囲まれて過ごす時代が来る」という意味でユビキタスという言葉を使ったわけではなかったようです。

彼にとって、ユビキタス・コンピューティングとは『コンピュータが空気のように日常生活に溶け込むこと』を指していました。

しかし、それが正しく理解されずに広まってしまった。そうした誤解を受けて、後年彼が新たに唱えたのが、「穏やかなテクノロジー」です。「コンピュータは、人間の生活を囲んで、その集中力を奪うものではあってはならない。便利だが自己主張しすぎない存在であるべきだ」と彼は考えました。

ー 水口先生が、カーム・テクノロジーに興味を持たれたのは何がきっかけだったのでしょうか?

1990年代、シャープに勤めていたのですが、そこで上司のおじさんたちが、『家に帰ってまでコンピュータ使いたくないよ』とぼやいていたのを聞いたのがきっかけでした。

私は子どもの頃からずっとコンピュータをいじるのが好きだったので、『コンピュータが嫌いな人もいるんだ!』と衝撃を受けました(笑)。

しかし、同時に、そのおじさんたちの言うことももっともだなと気付いたんです。1990年代末は、まだコンピュータがやっと普及し始めたとき。今と比べると、ずいぶん使い勝手が悪かったんです。

そこで、『一生懸命使わなくていい』コンピュータのUIを考えようと思いつきました。ちょうど、同時期にマーク・ワイザーの影響もあって学問の世界でもカーム・テクノロジーやコンピュータのUIについて議論が盛んになっていたときでした。

水口先生が1999年に開発した『Info Globe』は、一生懸命使わなくていいインターフェースの一例。沢山の本の情報がランダムに表示される「ながめるインタフェース」で、興味のある本を選択すると詳細が表示される仕組みになっている。(画像は水口先生提供)

ー『穏やかなテクノロジー』はただ使いやすければいいのでしょうか?使いやすさゆえに、ユーザーが中毒的に使用してしまうこともあるのではないでしょうか?

中毒になりやすいUIが必ずしも「悪いUI」とは言えないと思います。

Twitterやfacebookなどは、確かに一度使い始めると気づいたら何時間もたっていたなんてこともありますよね。でも、それは人間の情報獲得欲、『人と繋がっていたい』という欲望に上手く応えているとも言えます。ある意味、良いUIですよね。

いかにも悪いUIというのはわかりやすいんですよ。すぐに使いづらい!とわかるので。ただ、「良いUIは何か」は難しいです。

質問にもあるように、確かに使いやすいUIが本当にユーザーにとっていいのか、というのは慎重になるべきところではあります。ユーザーの健康のことまで考えたら、延々とスクロールしたくなるようなUIは、善悪で言ったら「善」とは言えないかも知れません。

ー 解決策はないのでしょうか?

ユーザーが集中したい時と集中したくない時があるということを、作り手は意識する必要があります。

Instagramの例で言えば、ただ写真をばーっと見ていたい時と、これだ!という写真をちゃんと見たいということがあると思います。今は、すべての情報が同一に並んでいることが問題です。いちいち集中力が奪われてしまう。

例えば、こういうアイディアがあります。Instagramと連携したIoTフォトスタンドで解決できるのではないかと思います。

フォトスタンドに流れてきた写真の中で、気になった写真があれば、写真を止めてもっと詳しく見ていく、という機能を付ける。ユーザーは、一つ一つの写真に集中する必要はなくなります。

スマートスピーカーなどのIoTは、今の中毒的なSNSの使用などを変えていくと私は思います。今は情報がスマホの画面に集中してしまっていることが、中毒の主な原因の1つです。視覚情報以外で情報が取れるようになると集中力がほどよく分散されると思います。

水口先生が作った、パソコンに来たメールの通知を風が伝える『風覚ディスプレイ』。「これは、半分遊びで作りました(笑)。」しかし、こうした遊び心こそ研究に欠かせないという。「人がまだやっていないことをやるには、『面白そうだからやってみよう』という単純な気持ちが大事だと思います」(画像は水口先生提供)

エンジニアの問題意識のなさが、問題

ー UIやUXは、今まで以上に重要視されるようになってきたと思います。しかし、なぜまだ中毒性のあるようなUIが多く、穏やかなUIというのは出てこないんでしょうか?

技術の問題と言うより、デザインの問題だと思うんです。デザインをやる人が、そのサービスあるいはプロダクトの開発に関わっているかというのは大きいです。

私がシャープにいたときも、デザイン本部の方と色々作業したりとかあったのですが、やはりこういう『穏やかにしよう』といった考え方は、デザインの人が開発にまで入っていかないとなかなか実現しないなと感じました。1990年代という時代もあると思いますが、周りのエンジニアでユーザーの体験までを考えている人はあまりいませんでした。

問題は、エンジニアの中でユーザー体験への問題意識が足りていないことだと思います。

ー それはなぜなのでしょうか?

今も変わっていないなと感じるのは、エンジニアが自分の作っている製品単体でしかユーザーのことを考えていないところです。

例えば、通知の仕方。もし1つのアプリだけをユーザーが使っていれば、1日に10個通知が来てもいいかもしれませんが、普通ユーザーは5つくらいアプリを併用しています。10個の通知がそれぞれのアプリから来たら、かなりウザいですよね?

ー それは相当ウザいですね……。他に、問題だと感じることはありますか?

あとは、エンジニアが、ユーザーのために良いものよりも、自分の作れるものを作ってしまうところもあると思います。

「半角で入力して下さい」とか「住所は全角で」とか謎の指定あるじゃないですか。あれって、半角・全角どちらでも受け付けられるようにするのって、そんなに難しくないんですよ。でも自分がそのコードを書くのが面倒くさいからそうしない。

「こうした方が使いやすいだろうな、ユーザーは喜ぶだろうな」っていうものよりも、「この技術は自分ができるから」とか「こっちの方が技術的に簡単だから」とかそういう理由で作ってしまうと、残念なUIになっちゃうんです。それでは、穏やかなUIどころか、使いやすいUIもできないと思います。

穏やかでとても優しい水口先生ですが、エンジニアに対して厳しい意見も。

最後に、もう一つあるとしたら、『自分の業界の常識は、世間の非常識』だと意識する必要があると思いますね。

私はコンピュータが好きでしたが、使いづらい・使いたくないと感じている人もいると知って、そこから『なめらかなUI』について考えるきっかけになりました。エンジニアは、自分が常にパソコンやスマホに触れていることに対して違和感がないからといって、『ユーザーも自分と同じ』と思ってはいけないと思います。

エンジニアの中で、使いやすいUIを考えている人はいても、まだ中毒にならないようにすれば良いかというところまで考えている人は少ないと思います。少しでも、問題意識を持つエンジニアが増えてほしいと思っています。

穏やかなテクノロジーのお手本は、あの猫ゲーム

ー でもやっぱり、ユーザーを中毒にさせないと利益にならないという問題もあるんではないでしょうか?

そうですね。『猫あつめ』やっていますか?

ー と、突然ですね。昔ちらっとやったことはあります。

私は、猫あつめこそ、ユーザーに沢山使わせないで、マネタイズに成功した例だと思います。ずっと使っていても、猫が育たない。ある種ゲームを放置しないと、進まないんですね。こういうのこそ、ユーザーとゲームの間の穏やかな関係だと思いますね。

私は、こういう“放置系”ゲームやサービスは増えていくんじゃ無いかと思っています。今は、時間の奪い合いなので、どうやってユーザーの時間の隙間を盗むかという競争になっています。

しかし、その競争に参加しなかった『猫あつめ』のような放置系のゲームがマネタイズできることが分かりました。時間は有限なので、多くのアプリがある今、時間を削り合わないサービスがもっと出てくるはずだと思います。

私も昔、運動した量に応じてWebページが徐々に閲覧できるー運動しないと続きが見れないーEnergyBrowserというのを作りました。ユーザーインタラクションの一環として、使用時間などに制限を加えて『あえてインタラクションを切る』というのも、ユーザーとの穏やかな関係を築く一つの方法だと思います。

明治大学の中村聡史教授と共同研究で作った。水口先生曰く、「研究というか、一発芸」(画像は水口先生提供)

ー これから、穏やかな技術を意識したUIがもっと増えると期待しても良いんでしょうか?

ユーザーの意識も今、変わってきていると感じます。皆さん、コンピュータが使いやすいのは当たり前で、それ以上を求めるようになっている。UIへの意識も高まっています

今までは、UIがお金になることってほとんどありませんでした。UIが直接的な原因で成功したのは、Appleくらいじゃないでしょうか。UIへの研究も、お金とか全然出ませんからね…(苦笑)。

今は、UIやUXが注目されるようになっている上、スマートスピーカーなどのIoTもメジャーになってきています。パソコン上、スマホ上だけでは実現が難しかった「空気のように人の邪魔をしないコンピュータ」が、これから増えていくのではないでしょうか。


20年前にマーク・ワイザーが危惧した「コンピュータが人の集中力を必要以上に奪ってしまう」という問題は、解決されるどころか悪化していると言っても過言ではないだろう。

私自身、フェイスブックやツイッター、Instagramを長時間使ってしまうことに悩んでいる。しかし、今回の取材を通して、希望も見えてきた。

IoTの発展とともに、集中力を奪いすぎない「穏やかなテクノロジー」がついに実を結ぶかもしれない。時代の風向きも良いだろう。UIやUXがかつてないほど重要視され、また、SNS中毒も大きな問題として注目されていることも、「穏やかなテクノロジー」の実現を後押ししている。

エンジニアも本当にユーザーのことを考えるならば、「ただ使いやすいUI」から、「中毒にならない穏やかなUI」に目を向けるべきだろう。これから穏やかな技術がますます注目され、エンジニアの中での問題意識も上がっていくことを、中毒に悩むユーザーの1人として、願ってやまない。

¶参照元 『エンジニアtype』落合陽一氏へのインタビュー記事。2014年9月30日公開。

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